サーファーズイヤーとは 研究結果
サーファーズイヤー(正式名称は外耳道外骨腫、exostoses of external auditory canal)は、外耳道に長期間冷水や冷風の刺激が加わることにより、骨部外耳道の骨増殖性隆起が生じた状態を指します。
サーファーズイヤーは、水上、水中スポーツ愛好家、職業ダイバーに多く生じます。
古くから潜水夫や、頻繁に水泳をおこなう者に多いことが知られていましたが、特にサーファーに好発することから1977年に Seftel によってsurfer's earの呼び名が提唱されました。(参考文献1)
サウナ愛好家の中には、サウナで暖まった後に、冷水に飛び込むことを習慣とする例があり、そのような場合にも形成されることがあります。おそらく外耳道の急激な温度差が、外耳道の骨膜に炎症を起こし骨形成に働くのだろうと考えられています。
組織学的には外耳道外骨腫(exostoses of external auditory canal)であり層状の構造が認められます。『腫』という文字が入っていますが、腫瘍性病変というより、外耳道に長期間加えられた冷水刺激に対する、反応性変化とみなす考えが主流です。
日本でのサーフィンの起源は、第2次大戦後日本に駐留した米兵が神奈川県や千葉県で行なったのがはじまりといわれています。1990年代に起こった世界的なロングボードサーフィンのリバイバルブーム以降、日本でも愛好者は増加しています。
サーフィンを長年継続するライフスタイルも国内に定着した感があります。今後、サーファーズイヤーの保有率は増加するものと予想されます。
サーファーズイヤーの診断
長期間のマリンスポーツ歴や、潜水歴、屋外での水泳などの経験者に両側性の骨性外耳道狭窄を認める場合、サーファーズイヤーの可能性があります。特にサーフィンを10年以上アクティブに継続されてきたような方では、サーファーズイヤーを認めることは珍しいことではありません。
サーファーズイヤーの骨病変は外骨腫(exostoses)とよばれる異常な骨性の組織です。サーファーズイヤーは慢性的な冷水刺激、冷風刺激が原因となって、外耳道の骨膜に炎症を起こして発生すると考えられています。濡れた状態で、風に吹かれると気化熱でさらに冷えることになるので、冷風刺激も大きな要因と考えられます。ただし、なぜ寒冷刺激が外耳道の骨増殖を招くのかはまだよくわかっていません。
似た疾患に骨腫(osteoma)があります。こちらも外耳道に発生した場合にはサーファーズイヤーに似た外耳道の狭窄を生じます。外耳道骨腫の発生原因は不明で、結合織の化骨化、慢性炎症、外傷、成長・性ホルモンの関与などが考えられています。
サーファーズイヤーが基本的に両側性(左右差があることも多い)で、多発性であるのに対し、骨腫は単発性で片側のみに認められることが多いとされています。
両者の区別は、採取した組織を詳しく調べることで行います。外耳道からの観察所見のみでは難しいことがあります。組織検査でも、諸説あり、古い文献では電子顕微鏡レベルで区別できるとの意見もありましたが、その後、両者の区別が難しいとする論文もあり、結論に至っていません。
いずれの場合も高度な外耳道狭窄に至った場合の、治療は手術ですので、通常の臨床の現場では両者を区別しないと困るということはありません。マリンスポーツ歴など生活歴から区別することになります。
サーファーズイヤーの診断には、骨腫の他にも、外耳道の隆起性病変をきたす疾患の除外が必要です。外耳道が狭くなる病気には、以下のようなものがあります。
外傷や熱傷
慢性の外耳道炎や鼓膜炎が波及したもの
線維性骨異形成症、 乳頭腫 など良性骨増殖性疾患
外耳道癌、耳下腺癌の外耳道進展例など悪性腫瘍
その他、血管腫や脂肪腫、色素性母斑、耳の手術後の狭窄などが。
サーファーズイヤーと診断された場合、外耳道の断面はFigure 1のようになっています。
耳介〜外耳道の入り口は軟骨でできています。外耳道の外側は軟骨でできており、『軟骨部外耳道』と呼ばれます。
軟骨部外耳道の深部が『骨部外耳道』になります。
サーファーズイヤーは軟骨ではなく骨病変の隆起であり、骨部外耳道に形成されます。赤い部分が、骨部外耳道にできたサーファーズイヤーを示します。サーファーズイヤーは鼓膜より外側に形成されます。
サーファーズイヤーの程度に応じて、Figure 2に示すようにGrade0~3の4段階に分類を行い、進行度説明に利用しています。
Figure 3は、宮崎県で行われた5つのサーフィンコンテストにおいて、373人のサーファーに対してサーファーズイヤー検診を行った結果です。
223人(59.8%)にいずれかの程度のサーファーズイヤー形成を認めました。うち157人はプロではない一般のサーファーでした。アマチュアサーファーにもサーファーズイヤーはけして珍しくないことがわかります。
Surfing Index について:
これまでの調査でサーフィンの経験年数や、サーフィンの頻度が高いほど、より高度なサーファーズイヤーを形成しやすいことがわかっています。
管理人は多くのサーファーのお耳を診察したデータから、Surfing index という指標を考案し、サーファーズイヤー形成を予測する指標として利用しています。
Surfing index= サーフィン経験年数×週当たりのサーフィン回数
サーファーズイヤー形成の程度には個人差が大きく、一概にはいえませんが、Figure 4に示すように、これまでの調査結果からは、 Surfing indexがおよそ20以上程度になるとGrade 2以上のサーファーズイヤーを保有する確率が増すと考えられます。
日本国内の海水温では、少なくともSurfing Index 20以上の経験があるようなサーファーはサーファーズイヤーに注意が必要ではないかと考えています。
サーファーズイヤーの症状
初期には症状に乏しいことが特徴です。高度の外耳道狭窄に至っても、いくらか隙間が開いていれば難聴の訴えはほとんどありません。ただし、外耳道炎や耳垢貯留により外耳道が閉塞した場合は、急激に伝音難聴や痛みを生じることがあります。
そのほか、外耳道から水が抜けにくい、耳痛、外耳道炎、耳鳴、かゆみなどの訴えがありますが、必ずしもサーファーズイヤーの程度とは相関しません。Figure 5にサーファーズイヤーと症状の関係について示します。
Figure 5では 縦軸がサーファーの数を、横軸は、水が抜けにくい、耳が痛いなどの各症状を示しています。
対象となっている284名のサーファーに、もともと難聴のあった方は含まれていません。図が示すようにGrade2あるいはGrade3のような高度のサーファーズイヤーの状態でも無症状のことがあります。
最も多く訴えられる症状は、外耳道から水が抜けにくというものでした。
Grade 2~ 3程度になるとたいていのサーファーは水の抜けにくさを自覚するようになることがわかります。
ただし、水が抜けにくいという訴えは、Grade0(正常)やGrade1でも自覚されることがあり、必ずしもサーファーズイヤーの程度を反映するものではありません。
耳が痛い、耳鳴り、難聴などの訴えも、サーファーズイヤーの進行程度を反映するものではないと考えられます。不思議なことに、もともと高度な難聴のある方には、サーファーズイヤーが形成されても、水が抜けにくい感じを自覚されにくいことがわかっています。
Figure 6に 地域によるサーファーズイヤー形成の比較を示します。
日本近海の3月の海水温が色分けされています。この時期に日本近海の海面水温は最も低くなります。 例えば千葉と比較すると、宮崎周辺は比較的、高い海水温であることがわかります。外骨腫の形成には、海水温だけでなく、気温や風の影響もあると考えられますが、いずれにしても冬期には、千葉のサーファーの方が、宮崎のサーファーよりも寒い環境でサーフィンをしていることには間違いないと考えられます。
宮崎県で行われた5サーフィン大会におけるサーファーズイヤー検診の参加者373名中、千葉をホームブレイクとするサーファー83名、宮崎をホームブレイクとするサーファー111名について比較検討したところ、同程度のSurfing Indexを持つ場合には、宮崎のサーファーの方がサーファーズイヤーを形成しにくい傾向にありました。
Figure 6からは、国内のサーフィンスポットとしては、温暖な宮崎の海水温でもサーファーズイヤーが形成されるのに十分な寒冷刺激となることもわかります。
Figure 7に サーファーズイヤーの男女差について示します。
男性309人、女性64人について調べた結果です。Surfing Indexが同程度の場合には、女性よりも男性の方が、高度なサーファーズイヤーが形成される傾向にあることがわかります。Surfingに伴う、外耳道の刺激には多くの要素がありますので、この結果のみで男性の方がサーファーズイヤーを形成しやすいと断定できるものではありませんが、男女差が存在する可能性は高いと考えています。
男女の骨代謝の違いが影響しているのかもしれませんが、このような差が生じる機序はわかっていません。女性のサーファーがそもそも数が少ないことと、男性ほどひとつのセッションが長くないことや、極端に寒い時に海に入らないことなども影響しているのかもしれません。
Figure 8に スタンスとサーファーズイヤーの左右差の関係について示します。
Figure 8では、左右で サーファーズイヤーのGradeが異なっていたサーファー102人について(373人中)、左右どちらの耳がより高度のサーファーズイヤーを形成していたかについてグラフ化しています。
レギュラースタンスのサーファーには右耳に、グーフィースタンスのサーファーには左耳により、高度なサーファーズイヤーが形成される傾向があります。統計学的には、上記のような傾向がある、といえるのですが、グーフィースタンスの対象者が少ないこともあり、本当にスタンスでサーファーズイヤー形成に左右差が生じるのか、まだ断定はできません。サーフィン中の姿勢、ワイプアウト時の姿勢、波待ち時の風向き、ドルフィンスルーやローリングスルー時の姿勢の影響?など、サーファーが集まると、いろんな意見がでますが、このような左右差が生じる原因は明らかではありません。このようなスタンスとサーファーズイヤーの左右差の関係については、世界各国の論文でも議論のあるところです。
Figure 9に耳栓の使用状況を示します。
373人のサーファーに対するアンケートの結果、サーファーズイヤーについて知っていた方は85%と高い認知度があるのに対し、耳栓を使用したことがある方は25%(常に使用しているサーファーはさらに少ない)に留まり、現状では、サーファーズイヤー予防に関する意識が高いとはいえません。
耳栓の使用により、海水の浸入を防ぎ、風による蒸散熱の冷却効果を和らげサーファーズイヤーの形成予防、ならびに術後の再形成を遅らせる効果があるとされています。 ただし、どの程度サーファーズイヤーの予防に有効であるのか、水温や気温の高い夏は必要ないのか、といった点についてはまだよくわかっていません。管理人が20年以上過ごした宮崎県は、日本のサーフポイントの中でもかなり温暖な地域ですが、宮崎のみでサーフィンをしてきたような場合でも、サーファーズイヤーはしっかりと形成されます。
サーフィン用耳栓使用感レビュー
サーフイヤーズ 3.0
SurfEars 3.0
サーファーズイヤーのできやすさは、必ずしもサーフィンの経験年数やセッション頻度によらず、個人差がたいへん大きいです。
長年サーフィンを頻繁に続けてきたプロサーファーが、ほとんど病変が無いということもありますし、経験年数10年未満で、週に1〜2回のサーファーが、かなり高度な病変に至ることもあります。
長期間サーフィンを続けるのであれば、少なくとも海水温や気温が低い時期には耳栓の使用をお勧めします。
サーファーズイヤーの治療についてはこちら
サーファーのための手術〜現在の手術法に至った経緯〜
参考文献
1. Seftel DM: Ear Canal Hyperostosis-Surfer’s Ear. Arch Otolaryngol 103 : 58-60,1977
2. H Nakanishi, T Tono, K Kawano: Incidence of External Auditory Canal Exostoses in Competitive Surfers in Japan. Otolaryngol Head Neck Surg 145 (1): 80-85, 2011
3. Malcom D.Graham Osteomas and exostoses of the external auditory canal. A clinical histopathological and scanning electron microscopic study. Ann Otol 88: 566-572, 1979
4. DiBartolomeo JR. Exostoses of the external auditory canal. Ann Otol Rhnol Laryngol 88 (suppl 61): 1-20, 1979
5. J.E. Fenton, J Turner, P. A. Fagan: A Histopathologic Review of Temporal Bone Exostoses and Osteomata. Laryngoscope 106: 624-628, 1996
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